2004年 情報を商機に変える

情報を得る事は人生も社運も変える大きな商機だと実感する出来事があった。当時は今ほどネットが普及しておらず、情報は少なく、情報を取りに行く事が簡単では無かった時代。そのような時代に、どれだけ多くの情報を得てそれを活かしていくかという、まさに「地獄極楽も情報にあり」ともいえる出来事があった。

技術の格差を失くし、若者が入社して直ぐにもモノづくりを楽しめるように新型のCNC(※1)とCAD/CAM(※2)を導入する事を決めたが、お金は無かった。

何かインターネットで売れる商品が無いかと、東京でIT系のプロデューサーに相談したところ、Panasonicが今度発売するP901iという携帯電話があり、そのカバーはネジで取り外せて自分で自由に変えられる「着せ替え携帯電話」になる、と教えて貰った。

カスタムジャケットという名のカバーを木で作れば、無機質な携帯に愛着が生まれるはず。
発売日に携帯ショップに行き、携帯電話を購入し、機体に合ったカバーの試作を重ねた。小さな薄板を作るのは板物師としてはお手の物だったが、機体に合わせ、3D曲面を0.1mmのズレも無く精密に数多く加工して行くには、コンピューターで操作されるCNCを使いこなさないといけなかった。

CAD/CAMも無い旧型マシンなので膨大な数字を入力して行く作業に4日、50時間以上を費やした。試しに仕上がった100枚の商品を1枚1万円の販売価格でオンラインショップにて売り出してみたところ、一瞬で100枚が売り切れたのには驚いた。それからは毎日のように作っては売り、売り切れたらまた作っては売り、の繰り返しが続いた。

カスタムジャケットブームは2007年末までの約4年間続き、その間に6機種が登場したこともあり、Hacoaもカスタムジャケット景気の波に乗った。当時はドコモの販売戦略から半年のスパンで新機種が出る。その度に携帯ショップに行き、Pシリーズを購入し、機体に合わせたカバーを作って、インターネットで発表した。

情報を商機に変える カスタムジャケット

情報を商機に変える カスタムジャケット

情報を商機に変える カスタムジャケット

情報を商機に変える カスタムジャケット

ネットに掲載する為に商品の写真撮りにもこだわった。和む雰囲気のクラフト商品とは違い、あたかも工業製品であるかのように、画面で商品にエッジを効かし、かっこよく魅せる為にも高価な一眼レフを購入した。撮影時に光源を調整できる簡易なスタジオも設置し、撮り方も研究して行く。販売ページ作りもいつしかプロ並みのページになり、そうして作り込んだページのお陰だろうか、発売時期を毎回予告しておくと、発売開始から500枚が1時間程度で売り切れるまでになっていた。1時間で数百万円を販売する凄いマーケットに驚き、IT市場の広さと勢いに夢を持った。

木のカスタムジャケットは木―ボードに続く話題の商品になり、雑誌にも多数掲載されるようになった。話題が拡がり、注目を集める事でネットでは類似品も沢山出て来たが、木を薄く、精密に加工できていた商品はHacoa以外に無く、技術で差別化を出来ていた事も幸運だった。ネット上でも他社が出す木のカバーとの比較があり、類似品が出れば出る程に比較され、相乗効果にて更に売れるという嬉しい状況が生まれていた。

Panasonic社以外にも数社の携帯電話メーカーの開発担当者から木でカバーを作って貰えないかと相談があったが、自分で作って売る事に徹していた事もあり、開発に協力する手間が無いと断った。とにかく稼いで早くCNCを買うんだ、と強い想いで作って貪欲に売っての繰り返しの日々。CNCが導入される日を夢見て、近づいてくるその日が楽しくて仕方が無かった。

こうして夢のような商機を掴めたお陰で、ついに新型NCを導入する事が出来た。売上金全部を機械設備に注ぎ込んだ時には、「仕事と家族の生活とどちらが大事なの」と妻が怒ったけれど、技術の格差を失くす為に必要だと信じて止まなかった。

走り始めたばかりのIT業界に相談出来る知り合いがいて、この機種情報を教えてくれた事で人生を変える商機を掴めた事は、今考えても本当に幸運で、感謝しかない。情報を教えてくれ、それを商機に変えられるかは運でしかない。ただ、その運を掴むにも人脈を持っていなければならないし、飛び込む勇気も必要だと痛感する。

※1 Computerized Numerical Control(コンピューター数値制御)の略
※2 Computer-Aided Design/Computer Aided Manufacturing(図面をプログラミングするソフトウェア)


感謝と言えば、スマートフォンが登場した後も自分の作ったカスタムジャケットカバーを付けた携帯電話を持っている人から「このカバー、艶も良くなって、とても愛着あるから、スマホに変えられないんだよねー」という声を本当に沢山戴きました。この言葉は作り手にとっては、心から嬉しい言葉であり、感謝でしかないのです。感謝と共鳴する“愛着”というデザイン感は、今でも「Hacoaの哲学」として生きています。

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