2003年 技術の格差を失くす為に

「1人前になるには10年は掛かる」と云われる職人の世界。
自身が持つ知識、技術にて、数多くの同等品を同じ精度で作るのが職人。特に伝統の中で引き継がれた技術を習得するのはアスリートと同じだと思う。「健康第一、資本は身体」という自覚の中、規律ある生活の中で同じ仕事を日々繰り返す。その生真面目さの中で、作業や感覚の型(かた)が作られ、勘が磨かれる。

長く仕事が無ければ、勘も失くし、良い品が作れない事にもなる事からアスリートだなと思った。自身は幼少期から学生時代にかけては、水泳、野球、サッカーと陸上も掛け持ちして来たアスリート系少年だった事もあり、日々の基本練習の積み重ねを怠った時の勘のズレや結果が出ない事を知っており、仕事をしていく中で、アスリートと同じだなあと感じた。

技術の格差を失くす為に

私はこの世界に入った頃、一人前になるのに10年掛かると義父である師匠に言われた。この世界に入る前は、樹脂成型の技師をしていて、伝統工芸とは真反対の近代工業の技術者だった。妻の実家である工房に遊びに来ると、夫婦二人が笑顔で冗談も言い合いながら、木を切り、組み立て、コツコツと仕上げている。

そんな風景を見て、感銘した。自分でも自分の手で物を作りたいと思い、義父の元に「丁稚奉公」の覚悟で「3年だけ飯を食わして下さい」と頭を下げ、この世界に入った。「3年経って何をする」と問われた時に「何か作って商売します」と、今思えば漠然とした答えしか出来なかった。

「一人前になるには、10年掛かるわ。職人は時間を大切にせえよ」と迎え入れてくれたが、10年は掛かるという言葉に何か引っ掛かりがあった。どうして一人前になるのに皆は10年というのだろう。10年を3年でする方法はないか。3分の1で終わらせる方法はないか。人が8時間働くなら人の3倍働けばいい。

しかし、それでは24時間働く事になり、眠る時間が無い。それならば4時間だけ睡眠にして、それ以外は仕事をしよう。足りない分は木を切りながら頭で違う事を考え、時間を稼ごう。この世界に入る時は丁稚のつもりで入ったので、朝6時には工房に行き、掃除をして鉋やノミを研ぎ、7時半に師匠を出迎えた。一日、師匠の隣で仕事をして、夕方6時半頃に師匠が「終わるぞ」の合図で一日の作業が終わる。

それからナイフやノミ、鉋などを研ぎ、明日の仕事に備える。掃除して家に帰ると20時を過ぎる。娘と妻とご飯を食べ、風呂に入り、少しの時間じゃれ合い、娘が寝付いた頃にまた工房に行って自分の仕事をする。帰って寝付くのは、夜中の2時。そんな生活を5年以上続けていた事で、今でも4時間の睡眠で目が覚める。自分の中で型が出来てしまったのだろう。

だがそんな丁稚を感じるような仕事を今の若者がするだろうか?そんな忍耐強く仕事が出来るだろうか?そんなアスリートのように毎日毎日基本練習的な仕事をするだろうか?と、自分がして来た仕事にも疑問に感じ、技術の格差を失くす方法は無いかと考えるようになった。

高価なCNC
当時のCNCを移動中

あるとき、師匠が興味半分で衝動買いした高価なCNC(※1)が稼働しておらず、物置の中に放置されているのが目に留まった。師匠には技術でいつまでも勝てない。このCNCを使いこなし、師匠とは違った技術を身に付け、師匠が作る物以上の品をこの機械で商品が作れないか、とCNC加工を独学で必死に覚えた。

当時のCNCはプログラムの数字を自分で打って入力する初期型の制御装置だった。板を丸く切断するプログラムを打つだけでも丸2時間は掛かる。複雑な形を加工するプラグラムだとモニターの前で1週間以上はキーボードを叩かなければならず、数字のひとつでも間違えると機械はエラーが出て全く動かない。

そのエラーの原因を探すのにまた数日掛かるような機械だった。これを何とかして、簡単にプログラミング出来て、誰にでも動かせないかと探っていた。結局、その答えは資金を投入して最新の機械を買う事。機械は1,000万円以上。プログラムを作るCAD/CAM(※2)は特注し、800万円。合計で1,800万円以上が必要だった。

※1 Computerized Numerical Control(コンピューター数値制御)の略
※2 Computer-Aided Design/Computer Aided Manufacturing(図面をプログラミングするソフトウェア)



技術の格差を失くすにも金次第だと落胆しました。

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