2012年 伝える力
東京でお店を始めると、伝える力が足らない事に気付いた。
お店を始めるまでは、全国の小売店や流通中間業者の方々からご注文を戴いて来たが、ピタリと注文が入らなくなった。これは、地元で新社屋を建てた際に地元の問屋さんが来なくなるといった時と同じだった。ある程度予想はしていたが、やはり起きたかと。直売をするとなれば、ライバルにもなるし、これからは自分のところで売るんでしょと言われる事もあった。
ハコアの商品は、沢山の商品を並べるお店や取引先では、何百分の1個に過ぎず、売っても売らなくても良い商品だった。間違いなくブランドとしての認知度と力の無さだった。
その事だけでは無く、クレームも多くなった。お店の存在が多くの人に知れ渡るにつれ、オンライン販売も売上を伸ばしていたが、クレームも多くなった。自分たちでは思ってもみなかった「オンラインの写真と木目が違う」というもの。
こればかりは、自然の素材なので全てが違うのですと説明しても納得して貰えず、会社の姿勢を正せと叱られる事が多くなった。
受注をしている女性社員がそのような電話を受け、涙を流し、疲弊して行くのを見ていると何とかしなくてはと焦っていた。
その当時、IFデザイン賞の審査委員長を務めるミュンヘン工科大学の教授と仕事をしており、ドイツには年に何度か行き来きしていた。その際に教授がハコアについて呟いた。それは、「ハコアは技術力も高く、良い商品を作っているのに、どうして作っている人の顔や風景が出てこない」というものだった。
当時は、商品をピックアップするばかりにカタログのように商品写真を撮り、魅せていた時代。どこの企業もブランドも作り手の顔が見えないカタログばかりの時代だった。それが普通で常識だった。
教授は「ヨーロッパは違う。風土や作る人の環境で商品の良さを計る。作り手の顔が見えない商品は、価値が無い。君は気に入った商品の背景を知りたいと思わないか」と、ばさりと切りつけられたが、これは有難くも大きな助言だった。
クレームを受けているのは、私達の想いや真剣さ、汗を流し作っている顔が見えてこないからだと気が付いた。
日本に帰り、カメラマンとコピーライターを探し、早速に依頼した。商品写真は、一眼レフを駆使し自分達で撮影していたのは、商品の良さや伝えたい事にピントを当てたいから。
しかし、同じ社員に自分達の仕事の風景や顔を撮る為にカメラを向けられるのはどうにも恥ずかしい。撮る方も撮られる方も緊張し、顔がこわばる。その頃の日本人は皆そうだったと思う。
カメラマンが来て私達にカメラを向けると自然な風景を画像に映し出す。何も構えなくても、気取らなくとも自然の姿を美しく画にする。これがプロだと感激した。
コピーライティングも自分の言葉や想いを文面にすると、何か自慢気になってしまう。そのように勘違いされても困るし、読みたく無いだろうと考え、コピーライターに話を聞いて貰い、自分達の想いを文に仕立てた。
数週間後に「HACOACT」という想いを伝える小冊子が完成した。この小冊子を購入商品に付け、お客様に読んで貰えるようになった時からピタリとクレームが無くなった。驚く程に無くなった。私達のものづくりへの情熱が伝わった。
伝える事の難しさは多くあります。全てを伝えようとしても伝わらないもので、間違って解釈して貰っても困ってしまいます。何を伝える必要があるのか、伝える為に何が必要なのかは、それぞれの会社の都合やものづくりの違いで変わってきます。
しかし、全てにおいて、お金を支払うお客様が損をしないと思える事、得をしたと思える事は何かと、客観的な立場で見つめていかないと気付けない事は多いものです。デザインという考え方を学ぶと、見つけ出す力と伝える力が技術として備わります。そんな学びや技術をハコア塾でもお伝えし、修得する講習をご用意します。