木製デザイン雑貨Hacoaのブランドストーリー

ものづくりで今日を描くハコアの周辺

Hacoaのブランドを包む独特の「空気」を様々な側面から切り取ってお伝えする、この「Haco-air」 つくり手の素顔、商品に込められた想い、伝えられる技についてなどをお届けします

取材/株式会社真空ラボ

Way.3「デザインとは、見極め、伝える技術。」

語り手/代表・市橋人士, 松田剛(元・Hacoaダイレクトストア販売員)
掲載日/2011年12月

語り手/代表・市橋人士, 松田剛(元・Hacoaダイレクトストア販売員)

Hacoaでは毎月新商品の発表を行うことを定例化しており、いつも多くの方々に心待ちにしていただいています。今回はその商品開発について、10月に登場したIC-PassCaseを例に挙げてご紹介。人気のアイテムが完成するまでに歩んだ紆余曲折の道のりを、お楽しみください。

お客様の声をきっかけに動きだした商品開発。

市橋/Hacoaでは、商品アイデアを考えるための期間を特に設けているわけではありません。それぞれのデザイナーは、Hacoaのものづくりの基本となる問題提起(Way.1参照)をベースに、常日頃からアイデアを収集しつつ、時代性などのタイミングに合わせて商品開発へ結びつけます。

今回、IC-PassCaseを開発するきっかけとなったのは、お客様のリクエスト。そして、声を拾ったのは、当時Hacoaダイレクトストア(以下、HDS)の販売員だった松田でした。

松田/お客様から「Suicaなどのパスを入れておくケースが欲しい」という要望をお聞きしたのは、新生活シーズンが近付いていた頃でした。ICタイプのパスケースは、地方ではあまり馴染みがないかもしれませんが、東京など都市部では携帯必需品となっています。

さっそく私は、もっと細かな声の収集に取り掛かりました。HDSではお客様と販売員の距離がとても近いので、店頭でのコミュニケーションの中で様々な質問も気軽に行えます。

私はHacoaに入社する以前は、輸入菓子のパッケージデザイナーとして働いていて、部分的なものづくりにしか関わってこなかったんです。そういった理由もあり、商品開発に携わる前に「売り」の現場にて、お客様の気持ちに触れることを目的に、東京勤務を希望。店頭では積極的にアンケートを行いました。

お客様の声をきっかけに動きだした商品開発。

八方美人になってしまったデザイン。

松田/情報収集の結果、お客様からは、「3枚くらい収納できるように」「取り出しやすいのがいい」「中身が見えると良い」などいくつかの具体的な声が聞けました。

私は、貴重なお客様の声をできるだけ活かしながら商品を開発することを目指して、商品のスケッチを描き始めました。
ノート1冊を潰すくらいたくさん描きましたね。そうしてできあがったスケッチは、本社において試作品化される運びとなりました。

市橋/Hacoaでは、スケッチから図面に落とし込むことはしません。
まず、試作品を作り、ブラッシュアップを重ね、商品化へと歩みます。図面を用意せずに試作品を作ることは、図面上の数字やカタチ、大きさなどに捕らわれず、モノの本質を探ることが出来、製造工程に生じるロスの解消や効率化なども再考、熟考できるメリットがあります。

松田/同様に、私のアイデアもかたちとして出来上がってきました。
最初に見た時は嬉しかったですね。でも、喜んだのは一瞬だけでした。試作品について本社で行われたディスカッションでは、たくさんの問題点が浮き彫りになっていたんです。

八方美人になってしまったデザイン。

市橋/松田のデザインは八方美人でした。お客様の要望をすべてそのまま盛り込んで使いやすくするつもりが、逆に使いにくい商品へ向かっていました。

「3枚入れるための空間が生んだ、過剰な厚み」「木の感触の良さを出すための丸みが感じさせる、鈍重な雰囲気」「中身を見せるための窓が作りだした、冗長な印象」「ストラップを付けるための小さな穴」など、お客様の意見を付加させようとしたいろんな機能が、マイナスの方向に向いていたんです。

たくさんのことを詰め込もう、たくさんの機能があると便利だ、そんなふうに思ってスペックを付加し続ける、若さと素直さゆえのありがちな事例にはまり込んでしまっていました。

もちろん悪くはありませんが、追及していく方向性を決めかねながら進んでも、答えはいつまでも出せません。
彼のスケッチからは大きな方向転換を行うことが求められ、IC-PassCaseの開発作業は本社へと移行しました。

八方美人になってしまったデザイン。

「じゃあ、そのコトをカタチにすればいいんじゃない?」

市橋/私の中には「便利こそ不便」という言葉があります。便利だと思うお客様の反対側には、不便だと思うお客様が必ずいる。いろんな機能を付加させることは、実はどちらかのお客様に背を向けることにつながってしまうんです。だから私たちデザイナーは、モノの本質を見抜き、最も必要なことを見極めなければいけないんです。

私は、開発作業を本社にて請負う際に、悩んでいた松田に対してあらためて、「結局、何がしたいの?」と尋ねました。返ってきた言葉は、「木の板でタッチする感覚を楽しんでほしい」「木目の美しさと手触りの良さを伝えたい」という2つのフレーズでした。

すごくわかりやすく伝わりました。私は返しました。「じゃあ、そのコトをカタチにすればいいんじゃない?」と。

「じゃあ、そのコトをカタチにすればいいんじゃない?」

それから私たちは、あらためて現状の検証を行いました。まずは、3枚のカードを収納する機能について調査を実施。すると、例えばSuicaとPasmoを重ねて使用した場合、誤作動を起こす可能性があることを知り、収納できる枚数は、1枚にすべきだと思いました。そこから、薄さの追求を行いました。

また、ストラップについては、「Suicaの役割そのもの」に立ち返りました。言ってみればSuica等は大切な「お金」です。落とす可能性を失くし、安心感を膨らませるデザインとして、ダイレクトに大きなストラップを付け、カードの落下防止機能を目視で確認できようにしました。

その他、Suica等はチャージが必要となるので、取り出しやすいようにフックを採用。カードの底にあたる部分には、反りなどによってカードが取り出せなくなった場合を想定し、小さな穴を開ける等の工夫を施しています。

「じゃあ、そのコトをカタチにすればいいんじゃない?」

本質を見極めることこそが、お客様を喜ばせる。

市橋/様々な課題を、マーケティングとデザインの検証の中で解決していきましたが、特に「薄さの追求」については骨を折りました。今回、IC-PassCaseの開発における薄さの課題は2種類。ひとつ目の「薄さ」は、全体の厚みです。

「木でタッチする感覚」がどのくらいの薄さで行う場合に最も心地よいかを強度と機能のバランスを考えながら、0.2mmおきに10種類くらいのサイズを制作して試しました。

もうひとつの「薄さ」は、カードを収納する空間の厚みです。Suicaは定期として使用する際には文字の刻印部分が浮き文字となるため、その厚みを踏まえたデザインを行うことが求められます。

約2日間かけて20〜30種類のサンプルを制作し、スムーズに取り出せるギリギリの厚みを狙いました。

商品が完成へもう一歩に近付いたとき、もうひとつ頭を悩ませる課題にぶつかりました。それは、デコレーションという最終仕上げです。角を丸くして可愛さを出すか、凛としたスクエアタイプにするか。これについては、社内でも明確な結果は出せず、思案した結果、お客様に頼る作戦を選びました。

HDSの店頭において「あなたはどちらが好きですか?」というお客様参加型の投票イベントを実施したのです。500人以上の方に参加していただけ、結果は、なんと半々。悩ましい結果でありましたが、これもお客様の提示してくれた回答のひとつであると考え、どちらのカタチも用意することにしました。

本質を見極めることこそが、お客様を喜ばせる。

こうして、紆余曲折を経て、IC-PassCaseは10月に新商品発表へこぎ着けたわけです。おかげさまで、歴代トップレベルの人気商品となり、1カ月半に3度の製造を行っても追いつかないほどのヒット商品となっています。

松田/完成品ができあがってきた時は、まさに感動の一言でしたね。投票イベントに参加していただき、再来店されたお客さんは、とても喜んでくれていました。

今回、自分の無力さを知ることになりましたが、自分の課題を見直す機会にもなりました。製造現場での経験をはじめとした、たくさんの自分の「できない部分」に気付くことができました。

市橋/デザインとは伝える技術。たくさんのことを伝えようとすればするほどに伝わらなくなる。伝えるために割り切ること、伝えたいことをシンプルにダイレクトにすることがデザインにおける一番大変な作業です。

松田/いつか私も、本質を突いたお客さんに求められる商品を作れるよう今後も頑張りたいです。

市橋/入社し、初めて、商品企画に携わった彼は、今回のプロセスの中で数えきれない程の質の高い経験を行ったはず。全体を見通せるには時間はかかるかもしれないが、質の良い経験を沢山することで、自分なりのデザインが生まれるはずです。彼は今回の経験が大きな糧になり、持ち前のガッツで大きく育つことと期待しています。

本質を見極めることこそが、お客様を喜ばせる。