木製デザイン雑貨Hacoaのブランドストーリー

ものづくりで今日を描くハコアの周辺

Hacoaのブランドを包む独特の「空気」を様々な側面から切り取ってお伝えする、この「Haco-air」 つくり手の素顔、商品に込められた想い、伝えられる技についてなどをお届けします

取材/株式会社真空ラボ

Way.6「新しいものづくりを、伝統技術が支える。」

語り手/代表・市橋人士  会長・山口怜示(木地師/伝統工芸士)、妻・山口美代子
掲載/2012年03月

新しいものづくりを、伝統技術が支える。

越前漆器の産地・鯖江市河和田において、木という自然素材と対話しながら、新しく且つ普遍のものづくりに挑戦し続けるHacoa。山口工芸(Hacoa旧社名)の歴史としては本年50周年を迎えています。

その軌跡は、現世代のみで成し得た結果では決してなく、連綿として息づいてきた伝統技術の上に成り立っているといえるでしょう。

今回は、世代を超えて受け継がれていく伝統技術が、これからのものづくりに与える意義や役割についてお話していきます。

ただ、良い物を作っているだけでは、いけない。

市橋/実は先日、現場でちょっとした違和感を感じたんです。最初は何なのかわかりませんでした。商品作りは問題なく行えているし、細やかな部分にまで注意も行き届いている。それから、しばらく現場を見回していて、違和感の正体がわかりました。「薄らいでいる伝統技術の影」でした。

Hacoaブランドを立ち上げてから、私は現場の第一線を離れ、経営者として会社とブランドを見つめてきました。デザインや製造を他のスタッフに託し、ものづくり全体の統括に重点を置いてきたんです。それゆえに、最も見えにくく、最も大切な部分を見落としかけていました。

弊社が導入している高性能の機械類は、あらゆる作業を高レベルで可能にしてくれます。受け継がれた伝統的な職人技がなくても、基本さえ身に付けていれば、商品の「かたち」は作れる。

でも、弊社は、越前漆器の産地で、木地作りの伝統を受け継ぐ会社です。機械に頼った仕事をしていると基本をなくしてしまう。産地から継承され、弊社にて半世紀続いた伝統の技を、私達が途絶えさせるわけにはいきません。

先日は、伝統の技を継承し伝えていくため、再度、基本を見直そうとスタッフ全員に伝えました。商品をより良くしていくためにも、担い続けていかなければいけないものがあると思うのです。

ただ、良い物を作っているだけでは、いけない。

山口/確かに、今、うちで働いている若い人たちは「かたち」にする作業には秀でているね。手際も良いし、丁寧に作っていると思う。
最近は皆、ものづくりの基本を学校で習得してきているから、入社する時にはすでに最低限の技術や知識を身に付けている。

私は、修業を始めてほとんど日数も経っていない頃に「鉋(かんな)かけとけ」と言われても、簡単にはできなかった。一日かけてやっていた記憶がある。でも、うちの若い人たちは、当然のようにこなしてしまう。

ただ、「現代の基本」には、機械があれば事足りてしまうような、一見、不必要な技術や知識は含まれていないのかもしれない。

実は、不必要と思っている中に、必要なものが潜んでいたりする。昔は、それを修行の過程で学んでいった。まぁ、今の時代に「修行」という言葉はちょっと似合わないかもしれないけれど。

ただ、良い物を作っているだけでは、いけない。

修行で学ぶのは、人間性と、技術を吸収する力。

市橋/丁稚奉公(でっちぼうこう)のような教育方法へ戻す必要はないと思いますが、厳しい修業時代に学ぶことは、本当にたくさんありましたよ。常識や礼儀を知らないせいでコテンパンに怒鳴られ、技術を教えてほしいと請えば、「そんなもん、口で教えられるか!見て盗め」と切り捨てられる。

あの当時は理不尽に感じたりもしましたが、今になって納得しています。 職人とは、備えている技術だけを意味するのではなく、考えや姿勢など「人間性」をも含んでいるのだと思います。

一般常識を身に付け、謙虚さを持って仕事と向き合い、自分への甘えや自惚れを絶たなくては技術は習得できないし、誰も教えてはくれない。

また、欲が赴くままのわがままや物事を知らない事でお客さんや関係者を不快にさせているようでは、仕事は成り立ちませんからね。

技術については、確かにこの仕事には、口では教えられないことがたくさんあります。見て覚える、いや見て盗むくらいの気持ちでやらないと身に付かない。

修行で学ぶのは、人間性と、技術を吸収する力。

山口/そんなに厳しくはなかったと思うけどなぁ(笑)。
私は、人生の大半を職人として過ごしてきたから、礼儀や常識なども職人になる過程で身に付けてきたように思う。修行の中でよく叱ったのは、その経験からかもしれない。

私は、友禅染職人の息子として京都に生まれ、強制疎開で家を壊されて、両親の故郷である福井に来た。
中学卒業と同時に近くの木工所に入門し、住み込み見習いとして働かせてもらった。独立の際には、師匠から道具一式と紋付き袴をもらったことは忘れられないね。

やはりあの頃は、師匠のもとが、仕事場であり、学校だったんだと思う。厳しい毎日だったけれど、おかげで一端の板物職人になれた。

見えない部分が、見える部分を輝かせる。

美代子/当時は、越前漆器の需要がどんどん高まっていった頃でもありましたよね。通商産業省から越前漆器の産地、河和田が伝統的工芸品産地指定を受け、、昭和51年には、現会長が伝統工芸士に認定されました。

また、昭和56年には、国が漆器作業の格付けを行うために制定した漆器製造技能士の試験に第一号として一級合格。産地全体の名声に同じくして、木地も高い評判を得ていた時代でもありました。

「漆器の木工は越前が一番」と言われていた記憶があります。正月が済むと、一年のスケジュールがどんどん埋まっていきましたから。

繁忙時には10人くらいの人に手伝いに来てもらっていた事もありました。職人さんではなかったけれど、それでも、作業を行う手が欲しかったんです。

見えない部分が、見える部分を輝かせる。

山口/越前漆器の需要が高かった頃は、効率性を優先し、数を作ることに集中した会社もあったと思う。特に、木地は上から漆を塗ると見えなくなってしまうので、最終的に使う人の目には触れない。

でも、下仕事で手を抜くと、実は、漆器そのものが駄目になってしまうんだよね。上塗りは、下地があってこそ、より艶高く輝く。

私は、忙しいからこそ、手を抜かないように気をつけた。流れで作っていても常に、より良くする方法を考えていたように思う。

昔、とあるお客さんから初めて発注を受けた。いつものように木地を作って納品したら、3ヶ月ほど玄関先にそのままにされた。まぁ、取り込んでいたんだろうね。

それで、3ヶ月経って、こんな電話がかかってきた。「3ヶ月置いてしまってすみません。でも、3ヶ月経っても全く狂っていない。凄い」と。

地味で手間が掛かるけれど、一つ一つ木の特性を見抜き、こだわって作る大切さを実感したよ。

耳を傾けてほしい。素材が語りかけている声に。

市橋/あらゆるものにこだわって対応できる技術。そこには、受け継ぐべき伝統技術の一つの側面が見える気がします。
この門を叩き、私が「3年だけメシを食わせてください」と意気込んで言った際、会長からは「一人前になるには10年かかるぞ」と笑われました。

あの意味が、今はわかります。あらゆるものに対してこだわったものづくりが行える対応力を身に付けるには、様々な経験を積まなければいけない。それゆえの10年であり、10年経った時にしか判らない事が沢山あります。様々な事に目が行き届き、瞬時な発想と決断、先を見通せる「段取り」は経験の質に左右されます。

質の良い経験によって築かれた強固かつ柔軟な基本の力は、機械などに頼らなくても多様なものづくりを可能にします。
会長をはじめとした職人の先人たちは、図面一つにおいても、今のようにCADに数字を入力するのではなく、頭の中でいろんな計算をしながら作り上げていってしまう。

これから若いスタッフたちが、高性能の機械に囲まれた環境で技術と知恵を身に付けていくためには、どうしたらいいと会長は思いますか。

耳を傾けてほしい。素材が語りかけている声に。

山口/大したことは言えないけれど、「考えながら仕事をする」のは大切だね。決して流れ作業とせずに、一つ一つの木を見て、感じて、耳を澄ませる。どこに何を使ったらより良くなるか、または改善できるかを木に触れながら考えること。
今の若い人たちに不足しているのは、「素材の性質を見抜く力」。木のクセや繊維の流れを目と耳と肌で感じ取る、いわゆる木の本質を知る力を身に付けてほしい。これがわかると、その木を活かし切った作り方や扱い方を選べる。

また、相応しい商品がすぐにわかるから、いろんなアイデアがひらめくはず。木の端くれを見ただけで、「あ、あの材料に使える」と思えたりする。

修理についても、最も相応しく、最も傷付けずに済む方法を選択し、実行できる。昔は、良い物を作って、永く使うことが当たり前だったからね。

耳を傾けてほしい。素材が語りかけている声に。

これから伝統技術を受け継いでいく人たちへ。

美代子/使い捨ての時代に生まれた今の若い人たちは大変ですね。私たちの頃は、常に直して使うことが基本としてあって、最初から永く使える良いものづくりを常に考えていましたから。これからは、受け継がれてきた基本を守りながら、新しいスタイルを取り込んでいくことが大事なんでしょうね。

山口/今年、山口工芸(Hacoa旧社名)は50周年。2010年に戴いた瑞宝単光章・叙勲授章を含め、私自身の人生としても大きな節目を感じる。やはり自分たちの時代はもう済んだんじゃないかな。これからの人たちは、新しい時代に合わせた新しい考えをどんどん取り入れながら頑張ってほしい。

昔は言われたものを作るだけだったが、これからは違う。提案を行っていかなくてはいけない。時代がどう変わっていくかはわからないけれど、ぜひ対応していってほしい。

伝統技術は、基本を支える力です。あらゆるものづくりに対応できる基本の力を備えてさえいればきっと大丈夫。先人から継承してきた技術と知恵を、守り、武器としてその身に宿してほしい。

それが、産地で木工を行っていくみんなの未来だと思うし、使命だと思う。次の50年も、期待していますよ。

これから伝統技術を受け継いでいく人たちへ。